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東南アジア3都市反復横跳び 2008(ヤンゴン編) [海外出張記]

東南アジアの出張記、お盆休み中に大阪の実家でアップしようと思っていたのがオリンピック漬けの日々を送りすっかり怠けてしまいました。それにしても世界には知らない国がまだまだ沢山ありますね。一先ずミャンマー編にて。


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ヤンゴンの通り。

7月29日
早朝に東京を出発し、バンコクでの乗り継ぎを経て約14時間後にヤンゴン空港に到着。いつの間にかすっかり新しくなった空港に戸惑いながら出口に向かうと、ガラス越しに出迎えに来てくれたトゥントゥンのシャイな笑顔が見えた。イミグレーションの先ではワー・ヌが待っていてくれて3年振りの再会を喜び合う。二人は共にヤンゴン文化大学出身のアーティスト夫妻で、トゥントゥン(トゥン・ウィン・アウン)は第2回、ワー・ヌは第3回の福岡アジア美術トリエンナーレの出展作家でもある。今回ヤンゴンを訪れたのは、今秋Art-U roomにて開催するワー・ヌの2度目の個展「日の出」展の打ち合わせのためで、本当はもう少し早く来る予定だったのが、5月にミャンマーを襲ったサイクロンの影響で延び延びになってしまっていた。なかなか出てこない荷物をようやくピックアップすると、ワー・ヌの弟が運転する車に乗り込み近況を交換する。二人の間には前回の訪日後に初めての赤ちゃんが生まれた。パーヌという名前の女の子で、ビルマ語でピンク色を意味するそうだ。心配していたサイクロンの被害はヤンゴン市内ではそれ程大したことなかったようで、公園の木が倒れたりした程度だったらしい。ホテルに着いてチェックインを済ますと、同じ建物にあるレストランで夕食を取る。前回東京での個展の際に集まってくれた彼らの友人の留学生達やミャンマーの美術界の近況など話題は尽きないが、家で二人の帰りを待っているに違いないパーヌちゃんのことを思い、早めに切り上げて明日彼らの家を訪れることにする。今回初めて滞在するThamada Hotelの部屋は少々古めかしいけど広くて清潔。ちゃんとお湯も出たのでゆっくりとシャワーを浴び就寝。


7月30日
ホテルで朝食後、今年3月にオープンしたNew Zero Art Spaceに向かう。このスペースは、アーティストのエイ・コー(Aye Ko)、コー・ゼット(Ko Z)、コー・ジュウ(Ko Jeu)らが中心となって運営するアーティストラン・スペースで、時々メールで活動状況を送ってもらっていたが訪れるのは今回が初めて。通りの名前を頼りに何とか辿り着くが、早く来すぎたのかまだ入り口のドアは閉ったまま。仕方ないので線路を挟んだ反対側にあるボーヂョーアウンサン・マーケットに向かう。このマーケットはどちらかというとツーリスト向けの土産物屋等が並んでいるのだが、昨年の僧侶のデモに続く今回のサイクロン来襲の影響か、海外からの観光客もまばらで閑散とした雰囲気。うろうろしているとすぐにあちこちから「チェンジマネー」の声が。ミャンマーでは何年か毎に突然新紙幣への切り替えが行なわれ、タンス預金していた現金も一夜にしてただの紙切れとなってしまう。東南アジアの国々では全般に現地通貨に対する不信感もあるのか、外貨、特に米ドルを求めての闇両替のマーケットが盛んだ。ドル没落とか囁かれる昨今だが、こうした国々ではドルパワーはまだまだ健在なようだ。


ボーヂョーアウンサン・マーケットの正面口の方に回ると、ちょうど向いのモスクからコーランの調べが流れて来た。

昼前にタクシーでトゥン&ワー・ヌの家に向かう。初めて対面するパーヌちゃんは物怖じしない快活そうな女の子で、見慣れぬ顔を前にして泣き出すこともなく一安心。秋の「日の出」展用のペインティングは既に全て仕上がっていて、部屋の中で並べてみると、カラフルながら落ち着きのある色合いが互いに呼応し合いとてもきれい。リキテンシュタインが好きというワー・ヌの絵はポップ調で、作品だけ見る限り誰もミャンマーの作家の作品とは思わないのではないだろうか。展覧会では同じモチーフをアニメーションにした映像も併せて流す予定で、BGMにはワー・ヌ自身が歌うしっとりとした子守唄が用いられる。2回目ということで展示構成の打ち合わせもスムースに運び、コンパクトなroomのスペースに合ったシンプルかつ魅力的な展示となることを確信する。

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10月開催のワー・ヌ個展「日の出」(The Rising Sun)の展示案。技法はキャンバスにアクリル、直径各45.7cm。

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ワー・ヌとトゥン・ウィン・アウンが共同で使っている自宅のアトリエ。放っておくとすぐにパーヌちゃんが入ってきて一緒にお絵描きを始めるので、一人が相手をしている間にもう一人が制作に勤むのだそうだ。

打ち合わせ後、ワー・ヌの運転でダヌピューというビルマ料理のレストランに向かい遅めの昼食。ちなみにこの「ダヌピュー」というのは響きこそ可愛いが、イギリスの植民地支配に反旗を翻した英雄の名前とのことで、勇ましい戦士の姿としてミャンマーの近代絵画にもしばしば登場する。素朴でマイルドな味わいのビルマ料理を堪能した後、再び車に乗り込みヤンゴンのアートスペースをいくつか案内してもらう。まず向かったのはPearl Condominiumというショッピングセンターに入っているStudio Square。ここは以前にも訪れたことがあるが、ニェン・チャン・スー(Nyein Chan Su)、ミン・ゾウ(Min Zaw)ら70年代生まれのアーティスト数名によって運営されており、共同のアトリエとギャラリースペースの2つの部屋が隣り合っている。ギャラリーにはメンバーの作品が常時展示されていて、時々テーマを定めたグループ展も開かれている。
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Studio Squareのギャラリーの様子。(2004年訪問時撮影)
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アトリエで制作するニェン・チャン・スー。大胆な色使いと力強いストロークが彼の作品の特徴だ。(2004年訪問時撮影)

その後もう一軒ビルマ近代絵画の巨匠達の作品を扱うギャラリーに寄った後ホテルに戻り、二人と別れる。明晩も再び彼らの家に招かれワー・ヌの手料理でもてなしてくれるというので楽しみだ。日暮れまでまだ少し時間があったので、今朝入れなかったNew Zero Art Spaceに再び足を運ぶ。今度は無事開廊していて、開催中の子供の絵の展覧会を見ていると折よく運営アーティストの一人コー・ジュウがやって来て色々と話を聞かせてくれた。このスペースでは子供のために無料の絵画教室を開いていて、今回の展覧会はこの教室に通う30名程の小学生達の絵を展示したものとのことだ。また、このスペースでは日曜日ごとにパフォーミング・アートのワークショップを開いたり、またサイクロン被害地に対する援助活動を行なうなど、社会との関わりにも関心を払った方向性が窺われる。なおこうした活動を支える運営資金は、全てアーティスト自身や賛同者からの寄付によって賄われているとのことだ。
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New Zero Art Spaceの展示スペース。奥には美術書を集めたライブラリーとワークショップルームを兼ねた別の部屋があり、尋ねた時も数名の若者が絵を描いていた。
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日曜ごとに開催されるワークショップでのエイ・コーのパフォーマンス。(Photo by New Zero Art Space)


7月31日
昼にアーティストのポポとギャラリーオーナーのアウン・ミンとホテルで待ち合わせ。ポポはミャンマーでもいち早くインスタレーションやコンセプチュアルアートを手掛け、国際的にも幅広く活躍するアーティスト。前回の横トリでもFlying Circus Projectの一員として出展している。また、アウン・ミンはMagic Art Galleryという画廊を経営しながら作家活動もしており、二人は同郷出身ということもあって仲がいい。昼食後アウン・ミンさんのギャラリーに場を移すと、画廊内は相変わらず溢れんばかりのモノの山。壁にはみっちり絵が掛けられ、ガラスケースには少数民族のアクセサリーに翡翠やアンモナイト、果ては日本の根付けまで所狭しと並べられている。何と自宅には本物のミイラまで所有していると聞いた。アウン・ミンはとても話し好きな人で、芸術論から科学の話、それにミャンマー人が普段余り口にしない政治についても次々と熱弁をふるう。近年自国の近代絵画を蒐集するミャンマー人コレクターも増えたそうでビジネスの方も順調なようだ。
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アーティストのポポ(左)とMagic Art Galleryのオーナーアウン・ミン(右)。壁面にはウー・バー・ニャン (U Ba Nyan, 1897-1945)、ウー・グゥエ・ガーイ (U Ngwe Gaing, 1901-1967)といったミャンマー近代絵画の巨匠達の作品が並んでいる。

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ポポ(PoPo)の作品 "Identity Lost!" (2000年〜)。彼が出会った様々な人々に自己のアイデンティティーについて尋ねたインタビューと写真、映像で構成される。

話し込んでいる内にすっかり夕方になり、アウン・ミンのランドクルーザーでトゥン&ワー・ヌの家まで送ってもらう。玄関のドアを開けるな否や何やら美味しそうな匂いが。ワー・ヌがごはんの支度をしている間に、トゥントゥンに彼が昨年末にキュレーションした 'Another Seven Artists' の話を聞く。この展覧会はワー・ヌを含め7人の若手アーティストを集めたグループ展で、若い作家達に発表の場を与えると共に、ミャンマーではまだまだ接する機会の少ない現代美術を一般の人々にも体験してもらおうという意図の下に企画された。ところが展覧会前日になり会場としてブッキングしていたギャラリーから何の説明もないまま突然使用中止の通告が。慌てて古い工場に空きスペースを見つけ、一日掛かりで壁にペンキを塗り作品を設置して何とかオープニングにこぎ着けたそうだ。また、今年に入ってから同グループによる2度目の展覧会を開催したが、その際には公安の立ち入り検査があり、特に政治的な意味合いのある展覧会ではないことを説明して何とか事なきを得たとのこと。ミャンマーで展覧会を開くのは一筋縄では行かなそうだ。
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「いただきます」の前に記念撮影。はんぺんの様な具が入ったサラダに魚のスープとポークとエビ2種のカレー。どれも大変美味しゅうございました。「本当に料理できるの?」とかからかったりしてゴメンね、ワー・ヌ。

そうこうしている間にご飯の準備もでき、食卓に並んだ料理をもりもり頂く。普段外食漬けの日々を送っているせいか、こうして他所さんの家にお邪魔して頂く家庭料理は格別に美味しく感じる。そういえば先日東京仮面のアジトで2号の手料理をご馳走してもらった時も、余りの旨さについつい野良猫のようにがっついてしまったっけ。そろそろお腹も落ち着いた所で、皆でワー・ヌの映像作品を鑑賞。ちなみに彼女のお父さんはミャンマーでも高名な映画監督で、二人の弟は共に俳優の卵と言う映画人一家である。その血が受け継がれているのか、ワー・ヌの映像作品は独特の世界観があり、ポップで明るいペインティングとは対照的に、映像では月や夜など闇をモチーフにしたものが多い。今回見せてもらった中でも特に印象深かったのは「一尋(ひとひろ)の宇宙」という作品で、水が跳ねるような音に合わせて円形の画面に人の体内から宇宙へと連なる映像が反復されるもの。続けて何本か作品を見ていると、突然停電になり部屋の中が真っ暗に。急に訪れた静寂の中に響いてきた何やら賑やかな物音に窓の外を覗くと、暗闇の中を寄進を募る仏僧の行列が通り過ぎる。突き刺すような強烈な昼間の日差しと限りなく深い夜の闇。あるいはワー・ヌの作品にも、こうした日常の感覚が自然に反映されているのかもしれないと思った。
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ワー・ヌの映像インスタレーション作品「一尋(ひとひろ)の宇宙」(2008年ヤンゴンのアリアンス・フランセーズでの展示風景)


8月1日
ヤンゴン最終日。夕方の出立まで時間があるので市内を散策する事にする。最初はちょっと一回りというつもりだったのだが、猛烈な蒸し暑さでたちまち汗だくに。おまけに道は穴ぼこ&石ころだらけで、更には主な通りには歩道一杯に多種多様な出店が並び混雑しているのでのんびり歩くという訳にもいかない。それでも以前アウン・ミンに案内してもらったロカナート・ギャラリーズや黄金に輝くスーレーパゴダに立ち寄りながら何とかヤンゴン川のほとりまで辿り着く。帰りはわざと人気の無さそうな通りを選び、あちこちに残っている植民地時代の古い建物を観察して回る。トレイダーズホテル近くの中心街に戻った辺りで突然激しいスコールが。一先ず近くのネットカフェに入り、雨が止むのを待つ。1時間近くメールチェックを試みたものの、読めたメールは僅か数通。ようやくプロバイダーのサイトに入っても、度々通信が中断されるため何度もログインからやり直しとなってしまう。後でトゥン君に聞いた所、こうした現象は日常茶飯事で、日によっては見たいサイトにも全くアクセスできないこともあるとのこと。ちなみに携帯電話はミャンマーの庶民にとってはまだまだ高嶺の花で、今回の滞在中にも携帯で話している人はほとんど見掛けなかった。

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ヤンゴン市内中心部の通り。歩道には衣類や電化製品に食べ物の屋台など色んな出店が軒を連ねている。

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1971年にオープンしたというヤンゴン最古のギャラリー、Lokanat Galleriesの内部。普段は絵画の展示が多いが、この時は出版社の催事が行なわれていた。

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Lokanat Galleriesが入るビルはコロニアル様式の古い建物で、床のモザイク模様のタイルや高い天井に往時の面影が偲ばれる。このビルには他にも法律事務所やゲストハウス等が入居していて、かつてエレベーターがあったと思われる部分には軽食屋が店を構えていた。

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ヤンゴン川のほとりの渡し船乗り場。以前川の近くに長く住んでいたせいか、馴染みのない町に来ても川があると何だか落ち着く。

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あちこちに散在する植民地時代の古い建物はどれも黄色や青の極彩色に塗られ、所狭しと干された洗濯物は生活臭満点。

雨が小降りになった時分を見計らってホテルに戻り、汗と雨で湿ったTシャツを着替えてロビーで待っていると見送りに来てくれたトゥン&ワー・ヌが到着。今度は到着した時とは別の弟が運転する車で空港へと向かうが、特に渋滞もなく思ったよりも随分早めに着く。時間つぶしに近くの東屋風の飲食店で歓談している内に、弟くんが何やら深刻そうな表情でワー・ヌに話し掛けているかと思ったら二人揃って席を立ち、店の公衆電話に向かった。何事かと思ってトゥン君に事情を聞くと、弟くんがガールフレンドに電話するのに、自分が電話すると両親に取り次いでもらえないので、姉に彼女の友人の振りをして掛けてもらっているのだそうだ。何だか青春だなぁ。そうこうしている内にバンコク行きのフライトの時刻が近付いて来たので飛行場に戻り二人と最後のお別れ。滞在中のお礼を告げつつ10月の東京での再会を誓い合う。ここのところ日本の入国審査も厳しくなっているし、うちの様な弱小ギャラリーの招聘ですんなりビザが下りるかいささか心配なのだが、10月には横トリも始まっているし、無事来日できればあちこち案内してあげたいと思う。

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補足:今回訪ねられなかったギャラリーとアーティスト

■ New Treasure Art Gallery
現代ミャンマーを代表する画家ミン・ワエ・アウン(Min Wae Aung)さんが奥さんと一緒に運営するギャラリー。ヤンゴン北部の山の手エリアにあり、1階はゆったりとした企画展示スペース、上階にはミャンマー近代絵画のコレクションルームと自身のアトリエがある。ミンさんは海外でも引っ張りだこの超売れっ子作家ながらも少しも飾ったところのない人柄で、初めて訪ねた時も初対面の僕に対してミャンマーの美術状況など詳しく説明してくれた。
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ニューヨークでの個展を控え多忙な中、アトリエにて近作を一点一点見せてくれたミン・ワエ・アウンさん。(2004年訪問時撮影)

■ The Inya Gallery of Art
1960年代から前衛表現を行なってきたミャンマーアート界の異端児アウン・ミンさんが主宰するギャラリー。同じく山の手エリアにあり、自宅のガレージを改装した場所が展示スペースになっている。
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インヤ・ギャラリーのアーティスト達。左よりイェイ・ミン(M.P.P. Yei Myint)、サン・ミン(San Minn)、アウン・ミン(Aung Myint)、コー・ジュウ(Ko Jeu)の各氏。  (2004年訪問時撮影)

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イェイ・ミンの油彩画「精霊ナッ」(1999年作)。イェイ・ミンさんは普段は仏塔遺跡群で有名な古都パガンに暮らしていて、ミャンマー土着信仰に根ざした精霊神ナッを描いた作品など、伝統文化に取材した作品が多い。

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サン・ミンの油彩作品「モンキービジネス」(2004年作)。 サン・ミンさんの作品には擬人化された動物が数多く描かれ現代文明を痛烈に風刺している。

 


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